香港競馬博物館

The Hong Kong Racing Museum香港賽馬博物館

閉店・移転、情報の修正などの報告

香港競馬の歴史がわかるプチミュージアム。昔の馬券やトロフィー、名馬の剥製などが展示されており、競馬に興味がない人でも楽しめますよ。

博物館からはレースコースも見渡せますよ。

博物館からはレースコースも見渡せますよ。

ネイホウ!香港ナビです。
みなさんは競馬はお好きですか?ナビは基本的に賭け事とは縁がないので正直言ってまったく興味はないのですが、過去に一度だけトライしたことがあります。ビギナーズラックというのは本当にあるようで、そのときは見事に勝ちましたw。

香港人は賭け事が好きな人が多く、競馬の開催日には競馬場をはじめ、場外馬券売り場にたくさんの人が集まっています。この競馬を取り仕切っているのが「香港ジョッキークラブ」。香港有数の非営利慈善団体で、競馬や宝くじの売り上げを社会に役立ててくれているのです。今回紹介する競馬博物館もこのジョッキークラブの運営であり、競馬場スタンドに併設されているため競馬というよりはジョッキークラブの歴史を紹介するための施設のような感じもしますが、それだからこそ競馬に興味のある人だけでなく、ナビのようにまったく興味のない人でも楽しめるようになっています。

場所は銅鑼湾(コーズウェイベイ)から徒歩10分ほどで、うれしいことに入場料無料。小ぢんまりとした博物館なのでショッピングや観光のついでにふらりと立ち寄ることもできるのもポイント。

館内を案内する前に、簡単に香港ジョッキークラブについて説明します。

●香港ジョッキークラブって?

香港ジョッキークラブのシンボルマーク。

香港ジョッキークラブのシンボルマーク。

本部の広場には、こんな馬のオブジェもあります。

本部の広場には、こんな馬のオブジェもあります。

香港で最初に競馬が開催されたのは1846年。現在ハッピーバレー競馬場のある場所はかつてはマラリアが発生していた沼地でしたが、イギリス人の来港に伴いその場所を埋め立て競馬場を作ったのが始まりです。以降、競馬は最大のスポーツイベントのひとつとして香港に定着してきましたが、その統括団体として1884年に設立されたのが「香港ジョッキークラブ(当初はロイヤル香港ジョッキークラブ)」です。創設当初はアマチュア団体でしたが、1971年に正式に専門家の団体になりました。

競馬が一般の人々に定着するにつれ、違法に賭け事をする人たちが増えてきたため、これを阻止するために香港政府は、香港ジョッキークラブが場外馬券売り場の設立を認めました。それ以降、競馬だけではなく、マークシックス(ナンバース宝くじ)やサッカーくじも取り扱うことで、違法賭博行為の減少に貢献することになります。

香港ジョッキークラブの収益は、競馬だけでなく公共施設や病院の建設、奨学金などにも使われ、地域に大きく貢献しているほか、その納税額は香港の総税収入の約8パーセントにものぼるなど、香港になくてはならない存在でもあります。

●それではさっそくご案内しましょう!

広々としたエントランスホールに展示はありませんが、昔のハッピーバレー競馬場の様子がうかがえる写真が壁いっぱいに張られています。

そもそも競馬は上流階級の人の楽しみであったため、写真をよく見ると観戦している人たちのほとんどがイギリスの紳士・淑女たち。服装も今のようにカジュアルではなく、きちんと着飾っているのがおわかりですか?

後ほど改めて紹介しますが、この当時のレースプログラムなどはある意味で芸術品とも呼べるようなデザインです。改めて、初期の競馬は特別なものであったことがうかがえます。

それでは、このホールを右に進んでみましょう。

◆◇◆ 香港ジョッキークラブの活動の歴史 ◆◇◆
:冒頭でもお話しましたが香港ジョッキークラブは慈善団体であり、香港の社会や生活に大きく貢献しています。例えば銅鑼湾のビクトリア公園内にあるプール、九龍公園、香港公園、オーシャンパークなどおなじみの場所に加え、銅鑼湾周辺の海の埋め立て、病院や学校の建設、基金の設立など幅広く活動しており、いかに香港の発展と切っても切り離せない関係にあることがよくわかります。
ビクトリア公園のプール建設に250万ドル寄付したことを証明する書類。

ビクトリア公園のプール建設に250万ドル寄付したことを証明する書類。

地域のために病院の建設もしました。

地域のために病院の建設もしました。

銅鑼湾の埋め立て工事にも貢献しています。

銅鑼湾の埋め立て工事にも貢献しています。


◆◇◆ 馬の調教と競馬場の歴史 ◆◇◆
とにかくこのコーナーで目を引くのが、この剥製です。この馬は名前を「翠河(英語名:River Verson)」といい、1987年にアイルランドで生まれ、1989年に香港にやって来ました。1996年まで競走馬として活躍した翠河は、38レースに出場中、由緒ある香港ダービーやゴールデンカップなどでの優勝が16回、2等が5回、3等が2回と輝くべき成績をおさめ、香港で最初に三冠王を獲得した名馬なのです。現役引退後はメルボルンで過ごし、2005年にその生涯を閉じた後にこうして再び香港に戻り、雄姿を披露しています。
翠河についてのプロフィールが詳しく紹介されています。

翠河についてのプロフィールが詳しく紹介されています。

競走馬はどんな食事をしてるの?そんな素朴な疑問もこのコーナーで解決。

競走馬はどんな食事をしてるの?そんな素朴な疑問もこのコーナーで解決。

馬はベジタリアンで、体重の約3%である1日15キロもエサを食べて20リットルもの水を飲むの?!へぇ~。

馬はベジタリアンで、体重の約3%である1日15キロもエサを食べて20リットルもの水を飲むの?!へぇ~。

その横に展示してあるのは、めったに見ることができない蹄鉄や蹄(ひづめ)の手入れ道具。それぞれの足の形やサイズに合わせてこんなにたくさんの道具を使い分けているんですね。
実際にどのように使うのかのマニュアルもあり、競走馬を常にベストコンディションに保つための裏方さんがどれだけ苦労しているのかがよくわかります。
ハッピーバレー競馬場の変遷をパネルで紹介しているのがこのコーナーです。この頃は、現在では想像できないほど周囲には何もなく、また特別な施設もなかったようです。また資料によると、初期の観覧席は竹で作られた簡素なものだったとか。当時の競馬の雰囲気を知る貴重な1枚でもあります。
ちょっと見づらいですが、観戦席が竹と藁で組まれているのが見えますか?

ちょっと見づらいですが、観戦席が竹と藁で組まれているのが見えますか?

この頃の会員は西洋人の男性に限られていたため、女性の姿はありません。またこの翌年に、火災が起こり600人以上の命が失われることになります…

この頃の会員は西洋人の男性に限られていたため、女性の姿はありません。またこの翌年に、火災が起こり600人以上の命が失われることになります…

第二次世界大戦中も競馬は行なわれていました。ただし主催は日本軍によるものでした。

第二次世界大戦中も競馬は行なわれていました。ただし主催は日本軍によるものでした。

1931年には3階建ての常設スタンドが2つ建設され、近代的な設備へと変化してきています。

1931年には3階建ての常設スタンドが2つ建設され、近代的な設備へと変化してきています。

1957年になると、常設スタンドは2つの7階建てのビルへと姿を変えます。当時はまだ海が近くだったんですね。

1957年になると、常設スタンドは2つの7階建てのビルへと姿を変えます。当時はまだ海が近くだったんですね。

現在のハッピーバレーの姿です。1995年には全トラックは芝トラックになり、国際レベルの施設になりました。

現在のハッピーバレーの姿です。1995年には全トラックは芝トラックになり、国際レベルの施設になりました。

次のコーナーに行く前に、このフォトスポットで記念撮影などいかがですか?

次のコーナーに行く前に、このフォトスポットで記念撮影などいかがですか?


◆◇◆ ジョッキークラブ関連の貴重な展示品 ◆◇◆
ここでは、昔の馬券やジョッキークラブの会員バッヂ、レースプログラムのほか、馬券売り場の発券機などがメインで展示されており、思わず「ふぅ~ん」と頷いてしまうようなコーナーです。また競馬場での通信方法や騎手の体重測定の様子を知ることもできます。

冒頭でも簡単に触れましたが、昔のレースプログラムはまるで高級レストランのメニューのように美しく、いかに競馬が特別な催しだったかがわかります。いったいどんな人がどんな風に競馬を楽しんでいたんだろう・・・と想像してみるのも楽しいかもしれませんよ。
言われてみないと馬券には見えません。

言われてみないと馬券には見えません。

この頃はまだマークシート方式ではないですね。

この頃はまだマークシート方式ではないですね。

1940年代、50年代の会員バッヂはシンプルながら威厳のあるデザイン。

1940年代、50年代の会員バッヂはシンプルながら威厳のあるデザイン。

このあたりから男性用と女性用とに分かれているようです。

このあたりから男性用と女性用とに分かれているようです。

各年代によってさまざまなデザインがあるんですね。

各年代によってさまざまなデザインがあるんですね。

1934年のレースプログラムです。どうです?美しいでしょ!見たところ、手描きのようですが…

1934年のレースプログラムです。どうです?美しいでしょ!見たところ、手描きのようですが…

こちらも美しいデザインです。まるで絵画を見ているよう… こちらも美しいデザインです。まるで絵画を見ているよう…

こちらも美しいデザインです。まるで絵画を見ているよう…

レジではありません。馬券発券機です。 レジではありません。馬券発券機です。

レジではありません。馬券発券機です。

窓口の中はこんな様子だったみたいです。 窓口の中はこんな様子だったみたいです。

窓口の中はこんな様子だったみたいです。

左が1970年代、右に見える茶色いのが1990年代の騎手用体重計です。香港の競馬のほとんどはハンディキャップレースで、平等をきするため馬の実力に応じてレース前に騎手の体重測定が行なわれます。 左が1970年代、右に見える茶色いのが1990年代の騎手用体重計です。香港の競馬のほとんどはハンディキャップレースで、平等をきするため馬の実力に応じてレース前に騎手の体重測定が行なわれます。

左が1970年代、右に見える茶色いのが1990年代の騎手用体重計です。香港の競馬のほとんどはハンディキャップレースで、平等をきするため馬の実力に応じてレース前に騎手の体重測定が行なわれます。

こちらの電話は写真判定室に置かれていたもの。

こちらの電話は写真判定室に置かれていたもの。

この小さい電話は観戦室に置かれており、双眼鏡を使って判定した後に、結果を連絡していたそう。

この小さい電話は観戦室に置かれており、双眼鏡を使って判定した後に、結果を連絡していたそう。

こんな感じで馬の着順を判定していたみたいです。

こんな感じで馬の着順を判定していたみたいです。

今でこそゴール判定は正確にできるようになりましたが、それまではこの2台の通信道具を使ってやり取りをしていたそうです。

このコーナーでちょっと面白いのがこれ。馬のようですが、実はポニーです。<BR>初期の競馬は、今のような大型の馬ではなくポニーだったらしいですよ。なんだかカワイイ感じがしますよね。

このコーナーでちょっと面白いのがこれ。馬のようですが、実はポニーです。
初期の競馬は、今のような大型の馬ではなくポニーだったらしいですよ。なんだかカワイイ感じがしますよね。


◆◇◆ 香港競馬ファンお待ちかね競走馬、騎手、トレーナーのコーナー ◆◇◆
ここはもう完全に競馬ファンのコーナーです。
「優勝馬」「優勝騎手」そして「チャンピオントレーナー」の記録とプロフィールをアルバムで見ることができるんですよ。競馬に興味のない人にはどうってことないかもしれませんが、このアルバムに載るということは簡単ではないのは容易に想像がつきます。そんなことを考えながら、ぱらぱらとページをめくってみるのも面白いかも。
優勝馬を集めたアルバム。何となくほかの馬とは違う感じ?? 優勝馬を集めたアルバム。何となくほかの馬とは違う感じ??

優勝馬を集めたアルバム。何となくほかの馬とは違う感じ??

当然のことながら、いい馬であっても騎手の技能がなければ優勝に導くことはできません。 当然のことながら、いい馬であっても騎手の技能がなければ優勝に導くことはできません。

当然のことながら、いい馬であっても騎手の技能がなければ優勝に導くことはできません。

もちろん、優秀なトレーナーがいなくては、優秀な馬も育ちませんよね。 もちろん、優秀なトレーナーがいなくては、優秀な馬も育ちませんよね。

もちろん、優秀なトレーナーがいなくては、優秀な馬も育ちませんよね。


◆◇◆ いよいよ最後のコーナーです ◆◇◆
馬舎がどんな感じなのかをミニチュアで紹介しているほか、主に裏方さんに焦点を当てたシンプルなコーナーです。
そしてそのほかに実在した馬が今度は骨格標本として登場します。
馬舎をミニチュアで再現したコーナーでは、裏方さんがどんなことをしているのかが見てわかるようになっています。

馬舎をミニチュアで再現したコーナーでは、裏方さんがどんなことをしているのかが見てわかるようになっています。

トレーナーが馬を調教するときに使用していたストップウォッチ。

トレーナーが馬を調教するときに使用していたストップウォッチ。

馬を世話する人の証明書だそうです。

馬を世話する人の証明書だそうです。

これ、何だと思います?ナント、馬用の靴です。昔は馬舎から馬場まで歩かせていたらしいのですが、その際、足音で近所の住人に迷惑を掛けないために履かせたんですって。

これ、何だと思います?ナント、馬用の靴です。昔は馬舎から馬場まで歩かせていたらしいのですが、その際、足音で近所の住人に迷惑を掛けないために履かせたんですって。

アマチュアレース期間中の騎手用バッヂ。

アマチュアレース期間中の騎手用バッヂ。

左の4つがトレーナー用、右がアシスタント用の入場バッヂ。

左の4つがトレーナー用、右がアシスタント用の入場バッヂ。

剥製と並ぶくらいインパクトが強い骨格標本も展示されています!

剥製と並ぶくらいインパクトが強い骨格標本も展示されています!

禄怡(英語名:Silver Lining)は香港馬王の栄誉を3回も獲得した名馬です。32レースに出場し、15回も優勝したとか。

禄怡(英語名:Silver Lining)は香港馬王の栄誉を3回も獲得した名馬です。32レースに出場し、15回も優勝したとか。

人間と馬との骨格の比較。勉強になりますね。

人間と馬との骨格の比較。勉強になりますね。


◆◇◆ そのほかの見どころ ◆◇◆

ここまで紹介した以外にも、ぜひ見て欲しいものがあります。それは館内のいたるところに飾られている優勝トロフィーの数々。間近に見る機会がないので、目を凝らしてじっくり見てください。どれもこれも精巧で美しいものばかりです。ここではその一部をご紹介します。

●ギフトショップも要注目!

博物館の見学の記念にお土産はいかがですか?
香港所キークラブオリジナルグッズのほかにも、ちょっとした小物から子供用や大人用の服、ゴーグルやムチまで、馬に関するギフトがたくさん揃っています。お値段もお手ごろで、ギフトセットやセール商品もあります。ここ以外では手に入らないものもあるので、馬好きのお友達へのプレゼントとしてもいいかもしれませんね。
切り絵風のデザインがかわいいマグカップとコースター。

切り絵風のデザインがかわいいマグカップとコースター。

ナビのおすすめ、トートバッグ♪

ナビのおすすめ、トートバッグ♪

iPad用のソフトケースもあります。

iPad用のソフトケースもあります。

●コースを見ながらお食事もできます

ギフトショップを挟んで博物館の正面にある滿貫廳(Moon Koon Restaurant)は広東料理をメインとしたレストラン。以前は会員専用でしたが、今では一般にも開放されています。香港ジョッキークラブのメンバーは各界の名士も多いため、舌の肥えた人ばかり。そんなメンバーを十分に満足させるだけあり、味の良さには定評があります。競馬の開催日はセットメニューになり、また予約が取れない場合がほとんどですが、ランチであれば比較的予約も取りやすくなっています。WiFi完備。
予約電話番号:
レース開催日 1817(24時間)
非レース開催日 2966-7111

●香港競馬博物館への行き方

香港競馬博物館はこの建物内です。

香港競馬博物館はこの建物内です。

壁にも大きな表示も。

壁にも大きな表示も。

この標識に従って進んでください。

この標識に従って進んでください。

このA入り口から入ります。

このA入り口から入ります。

博物館は建物の2階。

博物館は建物の2階。

このエレベーターで上がってください。

このエレベーターで上がってください。


いかがでしたか?
ナビのように競馬にまったく興味のない人でも十分に楽しめたこの博物館、貴重な展示品の数々だけでなくギフトショップも充実している上に、おいしいレストランまで揃っているので、訪れる価値があるかもしれませんよ。

ハッピーバレーは7月中旬から9月中旬を除く毎週水曜日にナイトレースが開催されます。もし博物館を訪れて競馬にも興味を持ったら、そのまま運を試してみるのも旅の思い出になるかもしれません。

以上、香港ナビがお伝えしました。

記事登録日:2014-01-22

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上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。

スポット登録日:2014-01-22

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